時間が少し遡って、ルディーン君がバーリマンさんから水を黄身あげる魔道具の作り方を教えてもらい始めたころのお話。
「お待たせしました。それでは指導を始める事に致しましょう」
フランセン家のメイド長を務めていると言うストールさんは、ルディーン君の館に帰ってくるとまっすぐに私たちの所に来てこう言ったの。
私たちは昨日、お風呂の入り方を教えてもらった後にこの館で生活するには、しぐさなんかがいろいろと問題があるって言われたのよね。
だからそれについての指導をしてくれるって事になったんだけど……。
「あのぉ。ストールさん」
「はい、ニコラさん。何かご質問でも?」
「あっ、いや、なんと言いますか……。冒険者の私たちに、生活の仕方の勉強なんて必要なのかなぁって……」
村育ちの私たちは、今の今まで教育っていうものを受けてきたことが無いのよね。
だからストールさんの言う通り、偉い人たちに対する態度がおかしいって言うのは解るのよ。
でも私たちって冒険者でしょ?
別にメイドさんのまねごとをするなんて事もないだろうから、わざわざそんな勉強をする必要があるのかなぁって聞いてみたんだ。
でもね。
「当り前ではありませんか。この館に住むという事は、この辺りを行き来する者たちにその姿を見られるという事なのですから」
ストールさんはそんな私を一睨みすると、そう言って私たちの態度がいかに大事であるのかを話し始めたの。
「この辺りは商業地区になっていることはご存じですわね?」
「はい」
「商人というものは情報が命。それだけこの館の元の持ち主がバーリマン子爵家であることは皆、当然知っております。そしてそれを買い取ったのが、まだ幼いルディーン様である事もです」
ルディーン君の素性を知る人はあまりいないらしいんだけど、この事から少なくともバーリマン家との付き合いがあることくらいは誰にでも解るでしょってストールさんは言うのよ。
それにね、ストールさんたちが出入りする事によってフランセン伯爵家ともつながりがあるともう一部の商人たちには解ってしまっているそうなのよね。
「そんな館において、ルディーン様との直接的な関係を持っているのはあなた方3人だけなのですよ? そんなあなた方が、最低限の教育さえ受けていないとなれば、恥をかくのはルディーン様なのですよ」
と、ここまで聞いたところで、実を言うと私たち3人は震えあがってしまったのよね。
だってさ、私たちは今まで、ロルフさん、じゃなかった、ロルフ様やバーリマン様がお貴族様だなんて知らなかったんだもの。
その上、フランセン伯爵って言えば確かこの街、イーノックカウの領主様の家じゃないの。
って事はよ、ロルフ様って前領主様って事よね。
私たち、そんなすごい人と関わり合っていたって言うの?
いや、それ以前に……。
「ストールさ、まって、領主様の家の人、じゃなかった、方だったんですか?」
「いえ、現在は旦那様の孫にあたるエーヴァウト・ラウ・ステフ・フランセン様が領主を御継ぎになられているので正確には違います」
ロルフ様は二代前の領主様で、ストールさんはその家のメイド長だから正確には領主様の家の人って事にはならないらしい。
でもさ、元とは言え領主様の家のメイド長には変わりないもの。
それが解った事で、私たちはさっきまで以上に緊張してしまったのよね。
「それとですが、わたくしは旦那様の別館を任されていたとはいえ、あくまで使用人でございます。ですから継承に様とつける必要はありません。これまで通り、ストールさんと読んで頂ければ結構ですよ」
そんな私たちの様子に気が付いたのか、ストール様、いやストールさんか。
ストールさんは、そう言ってニッコリ笑ったのよ。
そのおかげで私たちは少しだけほっとしたんだけど、
「さて、教育の必要性は解って頂けましたね? それでは早速始める事にしましょう」
続いてストールさんが放ったこの言葉で、私たちはこれから行われるであろう指導に恐れおののいたのよ。
「ふむ。やはり服装から変えるべきかもしれませんね」
「えっ? それはどういう……」
挨拶のやり方から始まって、歩き方や姿勢まで指摘された私たちは疲労困憊。
でもね、そんな頑張っている私たちに対して、ストールさんは急にこんな事を言い出したのよ。
でも、私としては何故そんな事を言い出したのかがよく解らなかったのよね。
だから、何故そんな事を? と質問してみたのだけど、そしたらこんな答えが返ってきた。
「意識の問題ですわ。ニコラさんたちは冒険者として活動してきたせいか、女性としての所作が乱れているように思われます。ですので、まずは服装から女性らしいものに変えてみようかと思いまして」
私たちは冒険者としての活動のため、ここ数年はスカートというものを履いてこなかったのよ。
だからなのか、歩く姿などが少々女性らしくないとのストールさんからの指摘が。
「なるほど。でも私たち、スカートなんて持ってませんよ?」
「冒険者として宿暮らしをしてきたのですから、必要最低限の衣服しか持っていないのは解っています。ですから今日の所は応急処置として、フランセン家のメイドが来ているものをお貸ししますわ」
近いうちに自分たちのものを用意する事になるのだろうけど、今日の所はとりあえず明田さんたちの服を貸してもらえる事になった。
って事で、3人ともメイド服に着替えたのだけれど……。
「何て言うか、ねぇ」
「うん。心許ないと言うか」
「すーすーすると言うか……」
スカートを履くなんて、村にいたころ以来でしょ?
その上このメイドさんたちの服、生地が上等だから生地が軽いおかげで少し歩くだけでふわふわと揺れるのよね。
ちょっと動くだけでめくれあがってしまいそうで、私たちはどうしてもぎこちない歩き方になってしまったのよ。
でもそんな私たちを見たストールさんはにっこりと笑って、それでいいのですだって。
「先ほどまでと違って、3人ともとても女性らしい動きをなさっておりますわ。やはり服装を変えると言うのは正しい判断だったようですわね」
「えっ? でもこれじゃあ不安すぎて、普通に歩く事もできませんよ?」
「何を言っているのです。この館に出入りする以上は、女性らしい所作が必要と説明したではありませんか」
おっかなびっくりの動きをしている私たちの方が、さっきまでよりもはるかにいいとストールさんは言うのよね。
そしてその後、ストールさんは私たちに、驚くべき発言をしたのよ。
「これは根本から生活をただす必要がありそうですわね。解りました。後程、この街で過ごすための衣服をわたくしが選びます。以後はその服で生活してもらい、しっかりとした所作を身につけて頂く事にしましょう」
なんと私たちが持っている服は、ストールさんがいいと言うまで来てはダメなんて言われてしまったのよ。
そしてこの教育は、その所作ってのが身に付くまでは毎日続けるわよと言われてしまった……。
「何て顔をしているのですか? 先ほども申しましたでしょう? あなた方の立ち振る舞いはルディーン様の評判に直結するのです。厳しくするのは当たり前ではないですか」
「そんなぁ」
こうして私たちはこれからしばらくの間、ストールさんから厳しい指導を受けることが決定したのだった。
ルディーン君が水を汲み上げる魔道具を作っている間に何が起こっていたかと言うお話でした。
それとこれを読んだ後に454話以降の話を読み直してもらえると、ニコラさんとストールさんの攻防が見えて面白いかも?
何とか元の服で過ごす事を許してほしいニコラさんと、なんとしてでもスカート姿ですござせて所作を覚えさせようとしているストールさん。
最終的にはストールさんが勝ったのは、みなさんご存じの通りです。
そして、あれだけルディーン君にこれ以上お金を出させるのは悪いと言って煮たニコラさんが、456話で靴も買うって言う話になったのにもかかわらず全く反対しなかったのはこれが理由だったりします。
感想でこれはちょっと変じゃない? ってのが来なかったけど、あれって思っていた人もいるんじゃないかなぁ?
そんな人たちに対しての返答としての側面もあるお話でした。